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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)2338号 判決 1985年1月24日

控訴人 大西電機工業株式会社

右代表者代表取締役 大西忠

右訴訟代理人弁護士 浅田千秋

被控訴人 株式会社桑原商店破産管財人 赤木巍

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  申立

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

二  主張

1  請求原因

(一)  株式会社桑原商店(以下、桑原商店という。)は昭和五七年五月二一日から同年六月三〇日までの間にベスト工材株式会社(以下、ベスト工材という。)に対し、コウハクネットほか七五点を代金合計一、二九六万三、四〇〇円、代金は毎月二〇日締め翌月一五日支払うとの約で売渡した。

(二)  ベスト工材は昭和五七年六月三〇日その手形を不渡りとして支払いを停止し、多額の負債を抱えて倒産した。

しかるに、ベスト工材は倒産の二日後である同年七月二日他の債権者を害することを知りながら、控訴人に対しなんらの債務も負担していないにもかかわらず、二九六万、二、〇〇〇円を支払った。

(三)  桑原商店は昭和五七年七月九日東京地方裁判所において破産宣告を受け、被控訴人がその破産管財人に就任した。

(四)  よって、被控訴人は、詐害行為取消権に基づき、控訴人に対し、ベスト工材が昭和五七年七月二日控訴人に二九六万二、〇〇〇円を支払った行為の取消しと右金員及びこれに対する昭和五七年七月三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  答弁

(一)の事実は不知。

(二)の事実中、ベスト工材が昭和五七年七月二日控訴人に対し二九六万二、〇〇〇円を支払ったことは認めるが、その余は不知。

(三)の事実中、桑原商店が昭和五七年七月九日破産宣告を受けたことは認めるが、その余は不知。

3  抗弁

(一)  控訴人は昭和五七年五月二二日から同年六月一六日までの間に桑原商店に対し、自社製「ファン」ほか排煙機五二台(以下、ファン等商品という。)を代金合計二九六万二、〇〇〇円、代金弁済期を同年六月末日の約定で売渡した。

桑原商店はそのころベスト工材に右ファン等商品を転売し、次いでベスト工材はそのころ芝浦工事株式会社(以下、芝浦工事という。)にこれを転売した。

したがって、控訴人は桑原商店がベスト工材に対して取得したファン等商品の売買代金債権につき、物上代位による動産売買の先取特権を取得した。

(二)  控訴人は昭和五七年七月二日桑原商店のベスト工材に対するファン等商品の売買代金債権につき物上代位による先取特権を行使した。すなわち、ベスト工材が控訴人に対し二九六万二、〇〇〇円を支払った行為は、控訴人の先取特権の行使であるからベスト工材の債権者を害するものではない。

(三)  仮に控訴人が桑原商店のベスト工材に対するファン等商品の売買代金債権につき先取特権を行使したことが認められないとすれば、ベスト工材は昭和五七年七月二日控訴人に対し、桑原商店のため、桑原商店の控訴人に対して負担するファン等商品売買代金債務二九六万二、〇〇〇円につき、代位弁済(第三者の弁済)として二九六万二、〇〇〇円を支払った。

右支払により桑原商店が控訴人に対して負担するファン等商品売買代金債務二九六万二、〇〇〇円は消滅し、桑原商店のベスト工材に対するファン等商品売買代金債権について控訴人の有する物上代位による先取特権も消滅した。

したがって、ベスト工材の右支払は桑原商店を害するものではない。

(四)  仮に右(二)及び(三)の主張が認められないとしても、控訴人はベスト工材から右二九六万二、〇〇〇円の支払を受けた当時、それが桑原商店はもとより他の債権者の利益を害することを知らなかったものである。

4  抗弁に対する答弁

(一)の事実中、控訴人が桑原商店との間で代金の弁済期を昭和五七年六月末日と約定したことは否認し、その余は認める。

控訴人は桑原商店との間で、右代金弁済期を毎月二〇日締め翌月末日払いと約定したのである。

(二)の事実は否認する。

控訴人が桑原商店のベスト工材に対するファン等商品売買代金債権につき物上代位による先取特権を行使するには、右債権の差押えをすることを要するところ、控訴人は差押をしていないから、控訴人は桑原商店のベスト工材に対するファン等商品の売買代金債権につき物上代位による先取特権行使の要件を具備していない。控訴人は先取特権を理由に本件支払受領を正当化することはできない。

(三)の事実中、ベスト工材が昭和五七年七月二日控訴人に対し二九六万二、〇〇〇円を支払ったことは認めるが、その余は否認する。

(四)の事実は否認する。

三  証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、桑原商店は昭和五七年五月二一日から同年六月三〇日までの間に、ベスト工材に対し、コウハクネットほか七五点(ファン等商品を含む。)を代金合計一、二九六万四、三〇〇円の約定で売渡したことが認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

被控訴人において、桑原商店は右取引においてベスト工材からその代金を毎月二〇日締め翌月一五日払いで支払いを受けるとの約定であった旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。《証拠省略》によれば、桑原商店は右取引においてベスト工材からその代金を毎月二〇日締め翌月二〇日払いで支払いを受けるとの約定であったことが認められる。

二  ベスト工材が昭和五七年七月二日控訴人に対し二九六万二、〇〇〇円を支払ったことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すると、ベスト工材は桑原商店からコウハクネット等商品を仕入れ、これを芝浦工事へ転売することを主な営業としていたところ、昭和五七年六月三〇日その振出の手形を不渡りとして支払を停止したこと、ベスト工材は前記のように控訴人に対し二九六万二、〇〇〇円を支払った当時の負債は合計約二億八、〇〇〇万円(前記桑原商店に対するファン等商品売買代金債務を含む。)の巨額に達していたのに、資産としては、芝浦工事に対するコウハクネット等商品転売代金債権(前記ファン等商品売買代金債権を含む。)合計一、三〇〇万円を有するにすぎなかったことが認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

三  控訴人は、ベスト工材から二九六万二、〇〇〇円の支払を受けたのは、動産売買の先取特権を行使したものである旨主張する。

《証拠省略》によれば、控訴人は昭和五七年四月以降継続して、桑原商店に対しファン等を代金は毎月二〇日締め翌月末日払いの約定で販売していたこと、控訴人は同年五月二二日から同年六月一六日までの間に桑原商店に対し、自社製ファン等商品を代金合計二九六万二、〇〇〇円で販売し、桑原商店はそのころこれをベスト工材に転売し、次いでベスト工材はそのころこれを芝浦工事に転売したこと(これらの点は当事者間に争いがない。)、ところが、桑原商店は同年六月二九日経営不振に陥り、支払を停止するに至ったが、控訴人はこれを知るやベスト工材及び芝浦工事に対し、桑原商店の控訴人に対する右ファン等商品売買代金債務二九六万二、〇〇〇円の回収に協力すること、そのため右債務につき代位弁済することを要請したこと、そこで、ベスト工材は同年七月二日芝浦工事から前記ファン等転売代金債権のうち二九六万二、〇〇〇円の弁済を受けたうえ、これを資金として、前記のように控訴人に二九六万二、〇〇〇円を支払ったこと、桑原商店は同年七月九日東京地方裁判所において破産宣告を受け(桑原商店が昭和五七年七月九日破産宣告を受けたことは当事者間に争いがない。)、被控訴人がその破産管財人に就任したことが認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

控訴人は、桑原商店に対するファン等商品の売買代金債権二九六万二、〇〇〇円の弁済期を昭和五七年六月三〇日と約定した旨主張するが、当審証人金森清の証言中これに添う部分は、当審証人桑原秀夫の反対趣旨の証言に対比してたやすく措信し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。《証拠省略》によってもこれを認めることはできない。

そして、控訴人が桑原商店に対するファン等商品の売買代金債権二九六万二、〇〇〇円のため、桑原商店のベスト工材に対する同商品の転売代金二九六万二、〇〇〇円につき、物上代位により動産売買の先取特権を取得したことは当事者間に争いがない。

ところで、動産売買の先取特権者が物上代位により目的物の対価につきその権利を行使する場合に、その払渡し又は引渡し前に差押をしなければ第三者にその優先権を対抗できないことは民法三〇四条一項但書の規定するところである。

一方、破産者が破産宣告時において有する一切の財産は破産財団に属し、第三者が破産宣告以前に右財産に対し権利を取得しても、破産宣告以前にこれに関し対抗要件を具備しない以上、破産財団ひいては破産管財人に対抗できないことは破産法五四条、五五条の規定に徴して明らかである。

これを本件についてみるに、先取特権者である控訴人は、桑原商店のベスト工材に対するファン等商品の売買代金債権を自ら差押えたことを主張立証せず、ベスト工材から二九六万二、〇〇〇円の支払を受けたのであるから、右支払受領をもって控訴人の先取特権に基づく物上代位権を被控訴人に対抗することはできないといわなければならない。

四  桑原商店が控訴人に対しファン等商品売買代金債務二九六万二、〇〇〇円(最終弁済期、昭和五七年七月三一日)を負担していたこと、ベスト工材が控訴人に対し昭和五七年七月二日桑原商店のため右債務の弁済(第三者の代位弁済)として二九六万二、〇〇〇円を支払ったことは前示のとおりである。

五  被控訴人は、ベスト工材の控訴人に対する支払が桑原商店のための代位弁済であることを否認し、これを争っているところからすれば、被控訴人は、第三者たるベスト工材の控訴人に対する右代位弁済が債務者たる桑原商店の意思に反してなされたことを主張するものと解するのが相当であるから、次にその是否について検討する。

桑原商店の控訴人に対して負担する債務は前示のように、その最終弁済期は昭和五七年七月三一日であったから、同年七月二日には未だその弁済期は到来していなかったことは明らかであり、また桑原商店が昭和五七年六月二九日経営不振に陥り支払を停止したことは前示のとおりであるから、桑原商店は控訴人に対して負担する右債務以外に他の債権者に対しても相当多額の債務を負担していたものと推認することができ、桑原商店は早晩破産に到るものと予想され、その際は債権者ら全員に対し公平に弁済をなすべき立場にあったものということができる。これらの点を考えると、ベスト工材が控訴人に対してした支払は債務者たる桑原商店の意思に反するものと推認され、これに反する証拠はないから、右ベスト工材の支払は第三者による代位弁済としての効果が認められず、したがって桑原商店の控訴人に対して負担する右債務を消滅させるものではないというべきである。

以上の事実によると、ベスト工材が控訴人に対してした支払はベスト工材の債権者たる桑原商店を害するものであり、しかも前示のとおりベスト工材が昭和五七年六月三〇日その支払を停止していたこと、控訴人がベスト工材に対し債権を有する点につき何らの主張立証がないことを併せ考えると、ベスト工材は控訴人に対する支払をした当時その支払により債権者たる桑原商店を害することを知っていたものと推認するに難くない。

五  控訴人は、ベスト工材から支払を受けた当時桑原商店その他の債権者の利益を害することを知らなかった旨主張し、当審証人金森清の証言中にはこれに添う部分があるが、当審証人桑原秀夫の証言と対比してたやすく措信し難く、《証拠省略》に照らせば右主張事実を認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

六  以上の次第であるから、被控訴人は控訴人に対しベスト工材のした前記支払を取り消すべき債権者取消権を取得したものということができる。

してみれば、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡垣學 裁判官 磯部喬 大塚一郎)

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